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できれば月記

徒然なるままに垂れ流します。

   

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峰月 征人(17)、家出する。(小説/Janus)

 久しぶりのJanusネタです。
 五つ目の話の序章に持ってくるつもりでした。
 九割方書いて、二年近く放置されてました。
 一応、全体的に手は加えたのですが、キリがないのでこの辺にしときます。

 しかし、これでメモ帳に7.3KBくらいって、既に8.5KBになる異世界トリップBはどんな長さなんだ……。



「久しぶりー」

 エレベーターから降りた途端に飛んで来たその声に立ち止まり、玄(しずか)はポータブルプレイヤーのイヤホンを引き抜こうとしていた手を止めた。
 2LDKの部屋がワンフロアに二軒あるこのマンションは、エレベーターホールを中心に左右に一軒ずつ部屋がある。
 その右側、自宅の玄関前に弟・征人(まさと)の姿を認めて軽く頭痛を覚えた玄は、立ち止まって額に手をやり溜息を吐いた。
 そして、いくつか浮かんだ疑問の中から最も精神衛生上マシな答えが聞けそうなものを口にする。

「下のオートロックは?」
「ちょっと待ってたら出てくる人がいたから、開いた時に横通ったんだよ」

 あまりにも予想通りの答えに、何の為のセキュリティーかと嘆息する。
 やはり、オートロックなどザルなのだ。
 エントランスにもエレベーターにも各階のエレベーターホールにもある監視カメラの向こうの人は、一体何をしているのか。
 軽く手を振って扉の前から退くように征人に指示し、取り出したカードキーをスロットに通して静脈認証のスキャナーに指を当てた。
 短く高い電子音の直後、ガチャと鍵が開く音がする。

「――で?」
「あー、えー、と」

 ノブに手をかけながら視線をよこすと、征人は何とも微妙な表情で乾いた笑いを返した。
 完全に視線が泳いでいるところが、嫌というほど不吉な予感を運んでくる。
 出来ることなら、このままエレベーターに押し込んで追い返してやりたいくらいだ。
 何度かためらう様に口を開閉させ、やがて覚悟を決めたのか、子気味良い音を立てて手を合わせ、玄を拝んで叫んだ。

「家出してきたから、居候させて下さい!!」

 その旋毛を見下ろしながら、もし征人が見ていれば、間違いなく(顔を上げていなければ良かった……)と思うほどに面倒くさそうな顔をして、玄は帰宅してからの短い時間で何度目になるかも分からない盛大な溜息を吐いた。

(そんなのは、見れば分かる)

 征人は、学校――かつて玄も通っていた中高一貫のマンモス校だ――の制服に、はちきれんばかりに荷物を詰めたスポーツバッグを二つたすきがけにし、脇に大型のスーツケースを置いていたのだ。


峰月 征人(17)、家出する


 一人暮らしにはどう考えても不必要な広さのLDKに足を踏み入れた瞬間、征人は思考が一時停止した。

(あ、え、――え?)

 以前一度訪れた時には、人が住んでいるのが疑わしいくらいに物が無く、無味乾燥だった部屋が様変わりしている。
 重そうな遮光カーテンが一枚きりだった窓にはもう一重シンプルな白いレースのカーテンが下がり、床に直接置かれていたテレビやデッキは観葉植物と共に黒塗りのサイドボードに載せられている。
 そのサイドボードと同じシリーズのものだと思われる背の高い棚には雑誌やDVDが放り込まれ、手の平サイズのサボテンの鉢がいくつか飾られていた。
 黒い革張りのソファーにはライトグレーの大きなクッションが鎮座し、その横に置かれたガラスの天板のテーブルには、棚にあるものとは別のサボテン。
 ダイニングのテーブル――これまた一人暮らしには不要なサイズだ――には、リキュールか何かが入っていたと思しき洒落たラベルの瓶に蔓性の植物が活けられ、朝に読んでいたらしい新聞が開いたまま置かれている。
 そして、インスタント食品を作るためにお湯を沸かすくらいにしか使われていなかったシステムキッチンには、ビンに詰められた塩や砂糖を始めとした調味料が常備されている。

(……レースのカーテン……植物……薄いグレーのクッション……)

 家主が好むモノクロを基調とした色彩は変わらないが、これは明らかに他人の手が入っている。
 かつてはダイニングにテーブルなどなく、キッチンに有ったのはお湯を沸かすための手鍋一つだ。
 あの兄が、手間がかからないサボテンと言えど自発的に部屋に植物を置くとは考え難く、「窓の外に建物無いし、別にカーテン要らないかな」と言って母に嘆かれていたのがレースのカーテンなどかけよう筈など更に無い。

(あ、ヤベ、これ絶対に女が出入りしてる)

 征人は内心冷や汗をかきつつ、いい加減に肩がこりそうだった重い荷物を下ろして倒れこむようにソファーに座る。
 おそらく自分が寝そべることも考えて選んだのだろう、三人掛けのそのソファーは、余裕で五人は座れそうなほどゆったりしている。
 下ろしたスポーツバッグの片方を引き寄せ、中からスーパーのビニール袋を引きずり出した。
 せめてもの手土産にと、家の台所に大量に有った麺つゆ付きの生蕎麦を適当にいくつか放り込んできたのだ。
 湯がくだけならこの家でも出来るだろうと思い選んだのだが、自炊をしているのならば米か何かの方が良かったのかも知れない。
 キッチンの調味料を横目で見つつ、

「これ土産な、一応」 

 そう言って側のテーブルに袋を置くのとほぼ同時に、ペットボトルの緑茶が目の前に突きつけられた。
 突然視界に入ってきた物体に驚き身を引くと、やや乱暴に放り投げられて鼻に当たった。
 そのまま重い音を立てて床に落ちるペットボトルを視界の端に収め、鈍い痛みが走る鼻を押さえていると、横から延びた手がマグカップをテーブルに置き、代わりに蕎麦の入った袋をさらって行った。

「何で2リットル……」

 投げられたボトルは500mlの小さなものではなく、角形の大きなもの。
 恨みがましく睨んだ先の兄は、既に目の前には居らず、メッセージが入っている事を示すランプが点滅する電話機の前に立ち、再生ボタンを押すところだった。
 二件のメッセージが有ります、と、機械音声が告げ、発信音の後に聞き慣れた声が流れる。

『シズカちゃん、お母さんです。大事な話があるので、帰ったら連絡ちょうだいね? 日付が変わるくらいまでは起きてるからね』

 ――何故、携帯に電話しない、母よ。
 そのメッセージを聞き、征人は己の頬が引きつるのを自覚する。
 兄に、家に電話をするなと言いたい。
 とんでもない爆弾が降って来るぞ、と。
 しかし、それを告げ、その理由を質されるのは勘弁して欲しい。
 一件目の録音時刻が告げられ、続けて二件目のメッセージが始まる。

『大変! まーくんが家出しちゃったのよ!! ど、どうしたら良いのかしら!?』

 うろたえてまくしたてる声の向こうで微かに、「どうせ玄の家に転がり込んでるに決まってる」と、母を宥める父の声がする。
 正にその通りだ。
 録音時間が過ぎ、「警察? 警察なの!?」と言ったであろう言葉の、"な"のところで声が途切れた。
 二件目の録音時刻をバックにげんなりとした顔で振り返る玄を見ない振りをして、征人はカップの縁ギリギリまで注いだ緑茶を一気に飲み干した。

「まあ、取り合えず電話したら分かるから」

 全部。だから俺に訊くな。
 投げやりに言い放つと、ふたを閉めたペットボトルをソファに放り投げる。
 そして、重い溜息と共にバタッとソファに倒れこみ、最前投げたペットボトルに頭をぶつけて小さく呻く。
 物言いたげな兄の視線を無視し、足を投げ出して完全にくつろぎ体勢に入った征人は、スポーツバッグから途中に寄ったコンビニで買った週間漫画誌を出して読み始めた。
 おそろしく寝心地の良いソファで、このまま寝てしまいそうな気がする。
 雑誌の向こうで、玄がジーンズの後ろポケットから携帯電話を出して電話をかけ始めた。
 Janus――国際異界境警備機構のロゴが貼られたそれは、もしかしなくても公用の支給品ではなかろうか。
 私用に使うのは御法度の筈だ。

「――もしもし……」

 しばらくの間の後、相手――母が出たらしい。
 元気だの変わりないだの、そんな事を話しながら玄はTVをつけてチャンネルを次々と回し、ニュース番組で止めた。
 何日も前から報道されている捜査に進展の無い殺人事件と、夕方に起きた火事、麻薬――良い出来事が全く無い。
 目当ての漫画だけを読みつつTVから流れてくる音に気をやっていると、

「はぁ!?」

 と、一段高い声が飛んだ。

「いや、ちょっと、」

 その、何とも珍しいマヌケな兄の声に、征人は軽く感動した。
 何せ、この兄にあんな声を出させるなど滅多なことでは出来はしない。
 "大事な話"の内容がアレでは、不思議では無いかも知れない。
 その"大事な話"について、事前に何らかの相談でもあれば、こうも強硬に拒否しなかっただろう。
 少し頭の冷えた今では、そう思う。
 しかし、事後とあれば、もはや何の文句の言いようも無い。
 だから、家出なんていう、どこぞのガキのような行動に出てしまうしかなかったのだ。

「養女って……それも、征人と同い年の?」

 ドッカーン。
 こんな訳で、色々とアレな両親と兄に囲まれつつも奇跡的なほどまともに育った――と自分では思っている――峰月征人・17歳の、我慢の限界という名の爆弾は大爆発を起こした。


 ついでに言うと、学校も同じなんだぜ! はははははー(ヤケクソ)
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