徒然なるままに垂れ流します。
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「私は、貴方のことが好きなんです。これって、最強だと思いません?」
そう言って静かに微笑む。
その女の姿は、本当に今まで何度も見え、刃を交えた者と同一なのかと思うほど儚く見えた。
風に靡く髪をゆるやかに押さえる仕草にさえ、目を惹かれる。
「ふざけた事を」
これ以上、深入りすると面倒なことになる。
他人に煩わされる事ほど、不快なことは無い。
これ以上、深入りする前に。
これ以上、深入りされる前に。
そう判断し、その場を立ち去ろうとした。
「ね、」
声がかかる。
耳から、頭の中へ、内側へ、するりと滑り込んでくるその声は心地良過ぎて、いつも酷く嫌な気分になる。
「覚えていてくださいね」
呼びかけを無視して男が歩を進めることなど気にもせず、女は言葉を続けた。
苛々する。
普通、他人は、この男の姿を見かけると恐れをなして逃げ出すのだ。
それを追い、斬り伏せるのが楽しい。
それなのに、この女ときたら逃げ出すどころか自己紹介をし、更にくだらない世間話さえ始める始末だった。
調子を狂わされる。
自分が全てで他には何も必要なかった世界に、少しずつ踏み込まれている。
その事実が恐ろしかった。
「私は、貴方のことが好きなんです」
そう言って静かに微笑む。
その女の姿は、今までに何度も狂気のような興奮の中で殺し合いをしてきた相手なのだとは信じられないほど、平穏な世界の住人にしか見えない。
腹の辺りで軽く組まれた指の細さとその色の白さに、眩暈がしそうだった。
そういえば、澱んだ空気に自分か女が斬った人間の血の臭いが立ち込める荒れ果てた部屋でしか、会ったことが無かったのだ。
そして、そんな時の、程よく高揚した気分では、この女ほどの強さを持つ者を前にして斬りかからないなど有り得ない。
初めて冷めてフラットな感情で相対し、今までに目の前の女からは微塵も感じたことが無かった"女"の気配に、思考の奥で警鐘が鳴る。
歩き続ける足に、何か硬くて重い物が当たった。
辺りに散らばる瓦礫の一つを蹴飛ばしたのだ。
鈍い音を立てて転がっていく瓦礫は、やがて崩れたコンクリートの壁に当たり止まる。
「この想いって、最強ですよね」
その、この街には不似合いな穏やかで暖かな声に、耳から侵されていく気がする。
そして、じりじりと焼け付くような焦燥。
これは、知っている人間の筈だ。
その筈だ。
それなのに。
それなのに。
この穏やかさ。
この温かさ。
静かで緩やかな身に纏う雰囲気も。
何もかもがまるで知らない人間。
これは誰だ。
こんな風に、他者に引き摺られて思い悩む。
こんな人間、知らない。
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