徒然なるままに垂れ流します。
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Janus prototype ver_02
魔力が、ガリガリと削られていく。
先日契約を交わしたばかりの使い魔が、どこかで大技を使おうとしているのだ。
何の為に毎日毎日、大量の魔力を提供していると思っているのか。
余剰分でどうにかして欲しいところだが、あの倣岸で不遜で天上天下唯我独尊な俺様が、それでは追いつかない程の力を消費するような技を使おうとしているのだ。
一体、相手は何なのか。
――やはり、別行動など取るのではなかった。
軽く嘆息し、ユカリは、眼前の異端狩りへ向けて展開しようとしていた包囲式攻撃結界『破魔の領域』を解除して、逃走用に常駐させている転移陣を発動させた。
足下に方陣が描かれ、冴えた淡緑色の光を放つ。
細かな座標の指定は省略し、主従契約を交わした際に繋がったパスを手繰って強引に跳躍。
僅かな浮遊感と強烈な圧迫感の後、光の壁の向こうに覗き見える景色が切り替わる。
おそらく、公園か何かなのだろう。
右手にスワンボートが浮かぶ濁った池、赤と黒の煉瓦で舗装された道を挟んで左手には芝生が広がっている。
その広がる芝生の上、50mほど向こうに、敵と思しき影と相対する使い魔がいた。
光を弾く金の髪も、無駄に高い長身を包む黒い服も、展開する魔方陣が発する暗赤の光に毒々しく染まっている。
召喚時に聞いた話だと、何やらとても偉い存在――どこぞの王様だか世界の支配者だか何だかと言っていた覚えが有る――らしい。
当時、かなり切羽詰っていた事もあり、とにかく強い者をと望んで喚び、確かにその通り、この上無く強大な力の持ち主ではあるのだが、それに比例するかの様に性格も尊大だ。
そして、質の悪いことに、そんな態度がとても似合ってしまうのだ。
「カース」
ユカリが呼びかける声に、一瞥をくれると、
「遅い」
と、鼻で笑いつつ言い捨てる。
そうする間にも、編み上げられていく術式は、彼女から大量に魔力を削いでいく。
何を使っているのかと思えば、範囲指定型攻撃魔術『必滅の斬撃』。
この術は、隔離結界によって現実と切り離した空間内にある全てを、不可視の刃で斬り刻む。
対象範囲は、指定が無ければ費やされる魔力量によって約4m~の球状。
本来は、補助具によって魔力を増強させた魔術師が数人がかりで発動させる術だが、カース程の実力が有れば、契約主であるユカリから魔力を搾取せずとも何ら問題なく行使できる術だ。
そもそも、範囲指定型という分類の術は、多数を相手とする事を想定したものだ。
その中でも、対人としては最強に近いレベルのこの魔術を単体相手に使うなど、そう考えられる事態ではない。
術式の展開が終わり、発動を待つのみとなった魔法陣が放つ光は、より一層禍々しく輝く。
その光に照らされる敵の顔に、見覚えは無い。
面識は無くとも、有名どころの実力者となれば様々な手段でもって顔は広まる。
特に、彼女のような"狩られる側"に属する者の間では。
「――誰……?」
「貴様が知らん人間を、俺が知っていると思うのか」
『貴様、馬鹿だろう』と、デカデカと顔に書いて嘲笑って下さる使い魔は、相手にすると限が無いので取り敢えず無視しておいて、相対する敵を見る。
やはり、どれだけ見ても覚えは無い。
何か、素性を知る手がかりは無いかと視線を下ろしていく。
そして、甲半ばまで隠れる長い袖から覗く左手の、中指にはめられた指輪に目を止める。
何の変哲も無いアクセサリーだと見過ごしかけたが、何となく引っかかるものを感じたのだ。
幅の広い金の指輪で、彫り込まれた紋章のようなものに赤く色がついている。
「カース、ちょっと」
展開される術の構築式を避けて近付き少し屈むよう手で示すと、カースは珍しく文句の一つも無くユカリに顔を寄せた。
久々に上級魔術を行使し、どうやら機嫌が良いらしい。
「あの、アレ、何が彫ってあるのか分かる?」
「アレ? ああ、指輪か」
向こうに聞こえたからと言ってどうという事もないだろうが、何となく声を潜めて言葉を発すると、カースがユカリの視線を辿って指輪に目をやる。
すっと目を細め、睨むようにして指輪を見やり、
「……メビウスの輪を模した蛇。あの忌々しい奴儕(やつばら)の印章だ」
「"メビウスの蛇"――」
世界の魔術士は、大別して二つの派閥に分かれる。
ユカリの属する"律法の番人"を始めとした混沌派と、"天秤の守護者"に代表される秩序派だ。
環状の蛇は総じて秩序派の異端狩りの象徴となっており、その中でも、"メビウスの蛇"を冠する"世界魔術士統治協会"――統治協会と略される――は過激な一派として知られていた。
先程、ユカリと対峙していた者も統治協会の者だったが、あれとは明らかに毛色が違う。
(もしかして、コレが闇狩りってやつ?)
統治協会の異端狩りの最精鋭たる闇狩りは、秩序派に異端の烙印を押された者達の間では、その手段のえげつなさと執念深さにおいて、口にすることさえ忌避するほど恐れられている。
その遣り様は、同じ秩序派の中でさえ問題視される事がある程だ。
そんな者が何故、今ここに居るのか。
確かにユカリは、魔力の量だけ見れば最強に近い。
数々の、術に関する知識もある。
しかし、実践となると話は別で、彼女は二、三の攻撃結界と召喚術以外には、治癒・修復・能力向上といった補助系の魔術しか発動できなかった。
そして、数少ない『まともに発動する攻撃結界』も、その威力の大きさから使い勝手が悪く、対抗手段は専ら空間転移による遁走となっている。
そういった事情から、ユカリはその能力の高さに反して危険度は低いとされており、もはや因縁となっている極一部の例外を除くと追われる事など皆無に等しい。
しかし、この近辺に他の魔法士が居るという話も聞かない以上、この闇狩りの狙いはユカリということになる。
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