徒然なるままに垂れ流します。
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救いの手が伸べられぬまま荒廃した街。
住人は皆、自分の事で手一杯で、周りを気にかける余裕など無い。
生きるために逃げ込んだはずのこの場所で、彼女は常に死と隣り合っていた。
見捨てられたこの街に法など無いに等しく、死を恐怖して響く悲鳴が絶える日は無い。
(――それでも、外よりは)
どれだけ平穏な日々であることか。
少なくとも、追手がこの街に入ることは無い。
彼女以外の要因によって、貴重な駒を無駄にする可能性が高いからだ。
血に飢えた者、女に飢えた者が襲い掛かるのを返り討っていくうちに、やがて彼女は"手を出してはいけない者"として認識されるようになる。
そして、一年半程経った頃、彼女は彼と出逢った。
この街に来たばかりなのだろう。
彼女を知らない若者が数人、下卑た笑いで近付くのを悲鳴を上げる間も許さず斬り伏せた、その血の臭いが、むせ返りそうなほど籠った部屋だった。
おそらく、僅かに発した殺気に引かれて来たのだろう。
軋む鉄扉を押し開き、硬質な靴音を鳴らして現れる姿が、張り詰めた空気を揺らす。
全身を黒で覆う皮のロングコートにも、白い肌にも、鮮やかに赤い返り血が散り、手にした抜き身の太刀が月光をはじく。
その美しさに、彼女は自分の内側で"何か"が音を立てて動き出すのを感じ、気付けば、今までに一度も使われたことが無かった本名を、名乗っていた。
何合か打ち合い、左肩を浅く斬られてその場を引いた彼女は、傷が癒えると彼を探し始めた。
彼は名前を言わなかった。
けれど、あれだけの強さ。
容姿の特徴と太刀を振るうことを言えば、噂話には事欠かなかった。
しかし、彼の名を聞くことは無い。
彼は、誰とも馴れ合わないのだ。
住処は分からず、現れる場所も定まっておらず、直ぐに目新しい情報は無くなる。
さしたる手がかりも無く、ひたすら探すしかない。
幸いなことに、彼女は勘が良かった。
望まずに与えられたこの"力"を、これほど有り難く思ったことは無かっただろう。
探し始めて数日。
それは、珍しく雲が晴れて青空が覗いた日だった。
紅く影を落とす夕陽に照らされた路地に、彼が居た。
未だ血を流す、人間だったものを足下に、刀についた紅い雫を払う。
口元に薄い嘲笑。
とうに気配に気付いていたのだろう、音も立てずに納刀すると、ゆっくりと振り返る。
殺気は無い。
そう、先刻も。
彼女が路地を曲がり彼の姿を認める直前に、今、彼の足下に転がるモノが倒れる音がしたのに、殺気は全く感じられなかった。
彼は、まるで、道端の草を刈るように、人間を狩る。
この人は、とても強く、そして、だからこそ、とても脆い人だ。
きっと冷たい世界の中で、温かなものに触れられずに生きてきた。
その哀しさにすら気付かずに。
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